1991年3月13日水曜日

源 氏 物 語



48" x 35"

日本では、時代を超えて白が尊ばれてきているが、それに並んで、日本独特の黒っぽい色が、王朝時代に流行したという。 当時貴族たちの衣は、紫の濃い色ほど地位が高いことを示し、緋色の位に属する廷臣たちも、できるだけ濃い赤系統の色で染めた衣を好んだので、緋色は紫に近い色になり、紫は黒ずんだ紫色になって、肩をならべて座した廷臣たちは、ひとまとめにして黒っぽい集合体にみえたわけである。

「源氏物語」と題する作品では、王朝時代の色彩感覚を表現するように努力すると同時に、優雅でロマンチックな十一世紀の王朝生活を、懐かしく想像しながら画いた。

Mr. and Mrs. William Yee 所蔵。

風 鈴



48" x 40"

昔の東京の街は、いろいろな物を売って歩く人の呼び声で、その日の時間が大体わかったものである。 納豆売りは朝御飯のころ、竹竿屋はお昼の前後、富山の薬売りは午後といった具合だった。 納豆売りと竹竿屋は、特有な節をつけた声で売り物を宣伝した。 富山の薬売りは、引き出しがいくつもある大きな箱を、天秤にぶらさげていて、金具が歩調にあわせて、カチャカチャと音をたてた。

風鈴売りがくるのは、涼しい風がたちはじめる夕方だったように思う。 いろいろなデザインの風鈴を、三輪車に吊るして、ペダルを押すたびに、チリンチリンときれいな音をたてた。
「風鈴の
音を点ぜし
軒端かな」
という虚子の句は、五七五の短い詩のなかで、季節のよろこびを十分に味はせてくれる。

このキャンバスでは、涼しさと風鈴の音を、私なりに画いてみた。

針 供 養



27" x 24"

折れ針を
豆腐に刺して
針供養
女性も男性も着物を着るのが普通だった昔は、2月8日を針おさめの日と決めて、針子たちは仕事を休み、使い古した縫い針を集めて床の間に飾り、供養をしたという。 奥ゆかしい行事だと思う。 また言い伝えによると、集めた折れ針を豆腐に刺して、その貢献をやんわりとねぎらったという。

この作品では、そうした奥ゆかしい行事を、冬景色と布地の感覚からとらえてみた。

1991年3月12日火曜日

夏 た け て



60" x 40"

真夏になると、のうぜんかずらの黄色を帯びた朱色の花が、下向きに咲く。垣根に巻きついて、軒先に這い上がって、また垂れ下がって、その花はハミングバードを誘いだす。夏もたけなわ...花の色も太陽の温かみを吸収してほの暖かい。風も立たず、ブンブンと音をたてて飛び回るハミングバードだけが。昼さがりの庭の空気をかきまわしている。英国の詩人キーツが Sleep and Poetry* の書き出しに描写しているような、平穏な夏の庭である。

「夏たけて」を、キーツの詩を思いながら描いた。

* English version を参照